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2026.06.29
医療法人の出資持分は退職金でいくら下がる?~評価と承継の現実解~
医療法人(経過措置型)の理事長が承継準備を始めるとき、しばしば議論にのぼるのが「退職金で出資持分の評価をどこまで下げられるのか」というテーマです。
一般の中小企業オーナーと違い、医療法人には配当ができないという特殊事情があり、評価の仕組みも引き下げの効き方も独特です。
本記事では、医療法人の出資持分がどう評価されるかを整理したうえで、役員退職金が評価額に与える影響を数値モデルで示し、過大支給の否認・配当類似行為認定リスク、さらに2028年に予定される株式評価ルール改正との関係まで踏み込んで解説します。
この記事でわかること(2026年6月時点)
- 医療法人の出資持分の評価方法(類似業種比準・純資産価額の併用、配当を除く2要素計算)
- 役員退職金で評価がどの程度・どのように下がるか(モデルケースの数値シミュレーション)
- 退職金の適正額・過大支給の否認・医療法第54条の配当類似行為リスク
- 2028年予定の株式評価ルール改正が医療法人持分に波及する論点と、退職金タイミングの考え方
なお本記事の前提は**経過措置型医療法人(持分あり医療法人)**です。持分なし医療法人・基金拠出型・特定医療法人・社会医療法人には本稿のロジックは適用されません。
医療法人の出資持分はどう評価されるか
経過措置型医療法人の出資持分とは
2007年(平成19年)4月の改正医療法施行以降、持分あり医療法人は新規設立できなくなりました。
それ以前に設立された法人は経過措置として持分を残すことが認められており、これを「経過措置型医療法人」と呼びます。
出資持分は、出資者が死亡したときに相続財産として課税対象になります。一般の株式と異なり、医療法人は「医療法人は、剰余金の配当をしてはならない」(医療法第54条)と定められているため、利益が外に出ずに法人内部に積み上がる構造があり、結果として出資持分の評価が想定より高額になる傾向があります。
類似業種比準+純資産価額の併用(業種目は「その他の産業」)
医療法人の出資持分は、財産評価基本通達194-2で「取引相場のない株式の評価に準じて評価する」と定められています。
算式自体は通常の自社株評価と同じ枠組みで、会社規模区分(大会社・中会社・小会社)に応じて、類似業種比準価額・純資産価額・両者の併用が選択されます。
注意点は次の2つです。
- 業種目は「その他の産業」を使用する(評基通194-2、国税庁質疑応答事例)
- 会社規模区分は「小売・サービス業」の基準で判定する(評基通178)
配当を除く2要素で計算される特殊性
通常の類似業種比準方式は「1株当たりの配当金額・年利益金額・純資産価額」の3要素で計算します。
しかし医療法人は配当ができないため、評基通194-2により配当要素を除き、利益と純資産の2要素で計算します。
類似業種比準価額に乗じる斟酌率(しんしゃくりつ)は、評基通194-2(1)で大会社相当=0.7 / 中会社相当=0.6 / 小会社相当=0.5と再規定されており、これは一般法人と同じ値です。医療法人ならではの特殊性は「斟酌率の引下げ」ではなく配当を除いた2要素計算にあり、結果として評価額は一般法人と同じ規模区分でも別の動きをすることになります。
【図1】類似業種比準価額の計算方式|一般中小企業 vs 医療法人 比較マトリクス

退職金支給が出資持分評価を引き下げる仕組み
純資産価額方式への直接的な影響
役員退職金を支給すると、法人の純資産(簿価・時価とも)がその金額分だけ減少します。
純資産価額方式は「法人の正味財産÷出資総数」で評価する方式なので、退職金の支給額がそのまま評価減につながるシンプルな関係です。
ただし、退職金は支給した瞬間にキャッシュも社外流出します。
評価が下がる代わりに、法人内部留保も同額だけ失われる点は冷静に押さえる必要があります。
類似業種比準方式への影響(利益・純資産の2要素)
類似業種比準方式は「1株当たりの利益金額」「1株当たりの純資産価額(簿価)」の2要素で構成されます。
役員退職金は損金算入されるため、退職金支給年度の利益金額が大きく減少します。
さらに評基通183により、利益金額は「直前期末以前1年間」または「直前期末以前2年間の平均」のいずれか少ない方を採用します。退職金支給年度をうまく挟むと、比準計算上の利益金額が低位に張り付く期間を作ることができます。
純資産も帳簿価額が減少しますので、両要素が同時に下がります。
ケーススタディ:A理事長(モデルケース)の数値シミュレーション
※ 以下は理解のためのモデルケースです。実在のクライアントの情報ではありません。
実際の評価は法人の事業内容・規模・地域・業績推移により大きく異なります。
A医療法人の前提(2026年6月時点):
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 経過措置型医療法人(持分あり) | ─ |
| 直前期末純資産(簿価) | 1.5億円 |
| 過去3期平均利益(税引後) | 2,000万円 |
| 会社規模区分 | 小会社相当(小売・サービス業基準) |
| 出資総口数 | 30口(A理事長=全口保有) |
A理事長の前提:
- 在任25年、最終報酬月額200万円、功績倍率3.0
- 退職金概算額:200万円 × 25年 × 3.0 = 1.5億円
退職金支給前の出資持分評価額(概算):
- 純資産価額方式:1.5億円 ÷ 30口 ≒ 500万円/口
- 類似業種比準方式(2要素・斟酌率0.5適用):1口あたり概算 約260万円/口(※類似業種の株価・利益・純資産に依存する概算試算例)
- 小会社相当の併用評価額(L=0.50で按分):約380万円/口
- 出資持分の評価合計:約1.14億円(概算試算例)
退職金1.5億円を全額損金算入した直後(同一事業年度):
- 純資産:1.5億円 − 1.5億円 = ほぼ0
- 当年度利益:△1.3億円(赤字)
- 純資産価額方式:0円/口
- 類似業種比準方式:利益要素・純資産要素ともに著しく低下
- 出資持分の評価合計:ゼロ近傍まで低下する可能性
このタイミングで後継者(子)に贈与・譲渡することで、移転コストを大きく抑えられる可能性があります。
ただし、ここから先が本論です。退職金支給後は法人キャッシュが大幅に流出しています。評価が下がっても、承継後の運転資金・設備投資資金が確保できなければ、医療提供そのものが滞るおそれがあります。「評価が下がったから即贈与」ではなく、本業の継続性と承継者の経営体力を最優先に判断してください。
退職金の「適正額」と否認・配当類似行為リスク
功績倍率法による適正額の考え方
役員退職金の適正額は、税務実務では「最終報酬月額 × 在任年数 × 功績倍率」で算定するケースが多く、理事長で功績倍率3.0前後が一つの目安とされています。
ただし、これは法令上明確な上限ではなく、最終的には「同業類似法人と比較して不相当に高額でないか」で判定されます(法人税法34条2項)。
過大支給の損金不算入リスク
過大と認定された部分は、法人税法上の損金に算入できません。さらに、受け取った理事長個人にとっても、退職所得控除が認められない過大部分は「給与所得」「賞与」として扱われる場合があり、所得税・社会保険料の負担が想定以上に重くなる可能性があります。
「節税のために退職金をできる限り大きく」という発想で進めると、否認リスクと税負担増の二重コストを負うおそれがあります。
医療法第54条と「配当類似行為」の認定リスク
ここが医療法人特有の論点です。医療法第54条は剰余金の配当を禁じているだけでなく、配当に準ずると外形的に判断される行為(配当類似行為)も含めて禁止していると解されています(厚生労働省「医療法人の剰余金の使途の明確化について」)。
著しく過大な退職金は、税務だけでなく医療法の観点からも「実質的な剰余金分配」と判断されるリスクがあります。
所管庁(都道府県)から認定取消し・指導の対象になりかねません。退職金額は、税務リスクと医療法リスクの両面で適正範囲に収めることが大前提です。
2028年改正論点と退職金・承継のタイミング設計
国税庁は2026年4月に「取引相場のない株式の評価のあり方に関する有識者会議」を発足させ、2028年以降に類似業種比準方式・斟酌率・規模区分などの60年ぶりの抜本見直しを予定しています(株式評価改正シリーズ第1弾〜第5弾で詳述)。
改正の方向性は2026年6月時点で確定していませんが、シリーズで整理した3大論点(類似業種選定の見直し・斟酌率の調整・特定評価会社判定の精緻化)は、評基通194-2を介して医療法人の出資持分評価にもそのまま波及する可能性があります。
理事長として考えるべき選択肢は、概ね次の3つに整理できます。
- 改正前に退職金支給+持分移転を実行する:現行ルール下で評価を下げきって移転を完了させる
- 改正の方向性が見える2027年以降に判断する:改正の中身次第で打ち手を選ぶ
- 退職金とは別経路(持分なし医療法人への移行など)と組み合わせて検討する
どれが有利かは法人の規模・後継者の有無・理事長のライフプラン(引退時期・老後資金)・キャッシュフローによって大きく変わります。改正大綱の更新は毎年12月。直前まで情報を取りながら、年単位の中期計画として組み立てることをお勧めします。
株式評価改正論点の詳細は、シリーズ第3弾「改正でどう変わる?自社株評価の3大論点をわかりやすく解説」、第4弾「2028年の改正前に動くべき?事業承継・相続への影響と判断のポイント」、第5弾「『節税目的の株価対策』はもう通じない?国税庁が持つ切り札を知っておこう」をあわせてご覧ください。また、医療法人オーナーの相続準備については「医療法人オーナーが相続時精算課税を活用する3つのシナリオ」もご参照ください。総則6項という国税庁の切り札」をあわせてご覧ください。
よくある質問
Q1. 退職金で評価がゼロまで下がりますか?
A. 退職金支給で利益・純資産の2要素のうち2つが0になると、その医療法人は「比準要素数1の会社」に該当します(評基通189(1)・194-2準用)。この場合の評価は、原則として純資産価額方式(評基通189-2本文)ですが、納税義務者の選択により、Lを0.25とした併用方式(同ただし書)も選択可能です。実務では両方を試算していずれか低い方を選択します。ただし、いずれにせよ純資産価額の比重が大きい計算となるため、退職金を支給しても純資産価額がゼロ近傍まで下がらない限り、評価額をゼロにすることはできません。「評価方式は会社が任意に選べる」わけではない点にご留意ください。
Q2. 医療法人M&A時の譲渡対価と退職金の分け方は?
A. 譲渡対価を「持分譲渡所得」と「役員退職金」に分けることで、売り手側の税負担を軽減できる場合があります。ただし、過大な退職金部分は否認されるほか、医療法第54条の観点からも適正額の範囲に収めることが必要です。譲渡前に税理士・医療法人M&A実務家への相談が必須です。
Q3. 出資持分なし医療法人への移行とどちらを優先すべきですか?
A. 移行は「持分の払戻請求権が消滅する」という不可逆な選択であり、認定医療法人制度を利用しても要件維持の負担が長期にわたります。退職金による評価対策と移行は「どちらか」ではなく「どう組み合わせるか」の問題です。後継者の有無・経営理念・地域医療における立ち位置を含めて長期で判断してください。
まとめ|次のアクション
- 医療法人の出資持分は「配当を除く2要素計算」という独自ルールで評価される(評基通194-2)。斟酌率自体は一般法人と同じ大0.7/中0.6/小0.5
- 役員退職金は純資産・利益の両方を圧縮するため評価引下げ効果が大きいが、法人キャッシュも同額流出する点を忘れない
- 過大支給は税務上の損金否認に加え、医療法第54条の配当類似行為認定リスクも負う
- 医療法人 出資持分 退職金の設計は、2028年予定の株式評価改正と承継者のライフプランを含む年単位の中期計画として組み立てる
次のアクション
- 顧問税理士に現時点の出資持分評価額の試算を依頼する(直近期末・退職金支給後の2パターン)
- 退職金額の功績倍率・同業類似法人比較の根拠を整理し、稟議書類にまとめておく
- 後継者の有無・引退時期・老後資金計画をライフプラン全体で棚卸しする
- 2027年12月の税制改正大綱発表時に改正の方向性を再確認する
医療法人の承継は本業(医療提供)の継続を最優先に、税務と医療法の両面を踏まえた長期の意思決定として進めることをお勧めします。
この記事の監修
税理士法人昴 所長・税理士 山根和彦
医業に特化した税務・経営支援。医療法人の設立・節税・事業承継・相続対策を多数支援。
※ 本記事の数値・税率・制度内容は2026年6月時点の情報です。税制改正により内容が変更となる場合があります。最新の告示・通達・大綱をご確認ください。個別の状況により取扱いは異なります。実際のご検討にあたっては税理士・所管庁にご相談ください。