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持分なし医療法人への移行と退職金対策~どちらを選ぶか判断軸~


ここまでの続編第1回・第2回では、経過措置型医療法人の出資持分を「役員退職金で評価を引き下げる」というアプローチを掘り下げてきました。

しかし、出資持分の承継対策にはもう一つ、まったく性格の異なるルートがあります。

それが「持分なし医療法人への移行」です。

退職金が「持分の評価額を下げる」対策であるのに対し、移行は「持分という財産そのものをなくしてしまう」対策です。

両者は目的こそ似ていますが、可逆性・税効果・キャッシュ・必要な時間がまったく異なります。

本記事では、この2つのルートを同じ土俵で比較し、理事長・後継者が「どちらを選ぶか」「どう組み合わせるか」を判断するための軸を整理します。

この記事でわかること(2026年6月時点)

・出資持分の承継対策が「移行」と「退職金で評価引下げ」の2ルートに大別されること

・持分なし医療法人への移行(認定医療法人制度)の税制優遇・不可逆性・6年要件

・退職金で評価を引き下げるルートの可逆性とキャッシュ流出というトレードオフ

・どちらを選ぶか・どう組み合わせるかを判断する5つの軸

なお本記事の前提は経過措置型医療法人(持分あり医療法人)です。

すでに持分なし・基金拠出型等に移行済みの法人には本稿のロジックは適用されません。

出資持分の承継対策は2つに大別される

経過措置型医療法人の出資持分は、配当ができず内部留保が積み上がる構造のため、評価額が想定以上に膨らみがちです(詳しくは続編第1回)。

この「重い持分」を次世代に引き継ぐための対策は、大きく次の2つに分かれます。

  • 選択肢A:持分なし医療法人への移行 — 出資者が持分を放棄し、財産としての持分自体をなくす抜本策
  • 選択肢B:退職金で評価を引き下げる — 持分は残したまま、退職金支給で評価額を圧縮する漸進策

どちらが正解かは法人の状況によって変わります。まずそれぞれの中身を見ていきましょう。

選択肢A:出資持分なし医療法人への移行(認定医療法人制度)

制度の仕組みと税制優遇

出資者全員が持分を放棄して持分の定めのない医療法人になる方法です。

問題は、何もせずに持分を放棄すると、医療法人が持分相当の経済的利益を受けたとして贈与税が課されうる点です(相続税法第66条第4項「持分の定めのない法人に対し財産の贈与又は遺贈があつた場合において、(中略)相続税又は贈与税の負担が不当に減少する結果となると認められるとき」)。

この課税を避ける仕組みが認定医療法人制度で、厚生労働大臣の認定を受けた医療法人は次の優遇を受けられます。

  • 移行時に医療法人へ課される贈与税の非課税(持分放棄で受けた経済的利益に相続税法66条4項を適用しない/租税特別措置法第70条の7の14第1項)
  • 出資者間の贈与税の納税猶予・免除(一部の出資者が先に放棄し他の出資者に贈与税が生じる場合の猶予、全員放棄で免除/同法第70条の7の9)
  • 相続税の納税猶予・免除(出資者死亡で相続人が持分を取得した場合の相続税を猶予、移行完了で免除/同法第70条の7の12)

認定の対象は「平成26年改正医療法施行日から令和11年12月31日までに厚生労働大臣認定を受けた医療法人」に限られます(同法70条の7の14第1項等)。

インターネット上には「令和8年末で期限」とする古い情報も見られますが、現行法の認定期限は令和11年(2029年)12月31日です(最新の告示・厚生労働省の手引きをご確認ください)。

移行のメリット

最大のメリットは、出資持分という財産そのものが消滅することです。持分がなくなれば、将来どれだけ法人の純資産が積み上がっても相続財産には含まれず、評価額の高騰に振り回されなくなります。

承継のたびに重くなる持分の相続税リスクを根本から断ち切れる抜本策です。

移行のデメリット・注意点

  • 不可逆性:いったん持分を放棄すると、退社時の出資額に応じた払戻請求権が永久に消滅します。後から戻すことはできません。
  • 移行後6年間の要件維持:新医療法人へ移行した日から6年を経過する日までに運営要件を満たさなくなり認定が取り消されると、非課税とされた贈与税が遡って課税されます(租税特別措置法第70条の7の14第2項)。
  • 同族経営の制約:認定要件には役員構成や同族関係者の割合などの制限があり、一族中心の運営を続けにくくなる場合があります。

「持分がなくなる」ことはメリットであると同時に、理事長一族にとって財産権を手放すという重い決断でもあります。

選択肢B:退職金で評価を引き下げる

仕組みと効果(第1回・第2回の要約)

役員退職金を支給すると、純資産価額方式では正味財産が、類似業種比準方式では利益・純資産の要素がそれぞれ減少し、出資持分の評価額が下がります。持分は残したまま、評価額だけを軽くするアプローチです。

メリットとデメリット

  • メリット(可逆性):退職金は支給の有無・金額を経営状況に応じて都度判断できます。持分を手放さないため、後継者が決まらない段階でも選択肢を残せます。
  • デメリット(キャッシュ流出):退職金の支給額はそのまま法人から現金が社外流出します。評価は下がっても、承継後の運転資金・設備投資資金が細れば本業に支障が出ます。
  • デメリット(否認・医療法リスク):過大な退職金は損金否認のリスクに加え、医療法第54条の配当類似行為と見られるリスクも負います(詳しくは続編第2回)。

どちらを選ぶか|5つの判断軸

移行(A)と退職金(B)は優劣で語れるものではなく、法人の状況によって向き不向きが分かれます。判断の軸を5つに整理します。

 

 

  1. 後継者の有無:親族後継者がいて持分を引き継がせたいならB寄り。後継者がいない・持分を残す必要がないならAが有力。
  2. 持分への思い:「持分は一族の財産」という価値観が強ければB。財産性にこだわらず法人に貢献を固定したいならA。
  3. キャッシュの余力:大きな現金流出に耐えられるならB。現金を法人に残したいならA。
  4. 時間軸:移行は認定〜移行後6年の要件維持という長期コミットが必要。短期で評価を動かしたいならB。
  5. 地域医療での立ち位置・運営体制:同族中心の運営を続けたいならB。役員構成の要件を受け入れられるならA。

どの軸も「正解」が一つに決まるものではなく、理事長個人のライフプラン(引退時期・老後資金)と法人の経営方針の両面から考える必要があります。

「どちらか」ではなく「どう組み合わせるか」

実務では、AとBは排他的な二択ではありません。両者を組み合わせる設計も十分にあり得ます。

ケーススタディ:C理事長(モデルケース)

※以下は理解のためのモデルケースです。実在のクライアントの情報ではありません。

実際の最適解は法人の規模・後継者の状況・地域性により大きく異なります。

  • 前提:経過措置型医療法人、出資持分の評価額が高額化、長男が後継予定だが将来の持分相続税に不安、法人にはある程度の内部留保がある
  • 組み合わせの一例:①C理事長の勇退時に適正額の範囲で退職金を支給し評価を圧縮(B/第2回の適正額の考え方に沿う)→②評価が下がった段階で長男の持分相続税の見通しを再試算→③それでも将来の評価高騰リスクが重ければ認定医療法人制度による移行(A)も視野に入れる

「まず退職金で評価を軽くし、必要に応じて移行も検討する」という段階的な設計が現実的なケースは少なくありません。

逆に、後継者が不在で持分を残す意味が薄い法人なら、最初から移行(A)に舵を切る判断もあり得ます。

いずれのルートも本業(医療提供)の継続を最優先に、理事長のライフプランと後継者の経営体力を踏まえ、年単位の中期計画として組み立てることが重要です。

よくある質問

Q1. 持分なし医療法人への移行はいつまでに認定を受ければよいですか?

A. 認定の対象は、平成26年改正医療法施行日から令和11年(2029年)12月31日までに厚生労働大臣認定を受けた医療法人です(租税特別措置法70条の7の14等)。

「令和8年末まで」とする古い情報も見られますが、現行法の期限は令和11年12月31日です。

移行計画の策定には時間を要するため、最新の告示・厚生労働省の手引きを確認のうえ早めの検討をお勧めします。

Q2. 移行と退職金は両方使えますか?

A. 排他ではありません。退職金で評価を圧縮してから移行を検討するなど、段階的に組み合わせる設計が可能です。

ただし退職金には適正額・医療法54条の制約が、移行には不可逆性・6年要件があるため、順序とタイミングは税理士と試算したうえで決めることをお勧めします。

Q3. 移行すると本当に相続税の心配はなくなりますか?

A. 持分を放棄して持分なし医療法人になれば、出資持分は相続財産から外れます。ただし移行後6年以内に認定が取り消されると遡って贈与税が課されるリスクがあり、同族経営の制約など運営面の負担も生じます。

「税の心配がなくなる」効果と「財産権を手放す・運営要件を負う」コストをセットで検討してください。

まとめ|次のアクション

  • 出資持分の承継対策は「持分なし医療法人への移行(A)」と「退職金で評価引下げ(B)」の2ルートに大別される
  • 移行は持分という財産を手放す抜本策で税制優遇も手厚いが、不可逆・移行後6年の要件維持・同族経営の制約を伴う
  • 退職金は持分を残せる柔軟な手法だが、キャッシュ流出・適正額管理・医療法54条リスクを伴う
  • 両者は二択ではなく、後継者の有無・持分への思い・キャッシュ・時間軸・運営体制の5軸で「どう組み合わせるか」を考える

次のアクション:①現時点の出資持分の評価額と将来の相続税の見通しを試算する ②後継者の有無・引退時期・老後資金をライフプラン全体で棚卸しする ③移行と退職金のメリット・コストを並べて比較する ④認定の検討は時間を要するため、最新の認定期限・要件を確認しながら年単位で計画する

出資持分の承継は、税務・医療法・経営方針が絡み合う長期の意思決定です。「移行か退職金か」で迷ったら、医業に強い税理士に法人の状況に合わせた試算とロードマップづくりをご相談ください。

関連記事:本シリーズ続編第1回「医療法人の出資持分は退職金でいくら下がる?評価と承継の現実解」、続編第2回「医療法人理事長の役員退職金|功績倍率と否認事例から見る適正額」(いずれも公開後にURLを追記)、株式評価改正シリーズ第4弾「2028年の改正前に動くべき?事業承継・相続への影響と判断のポイント」もあわせてご覧ください。


この記事の監修

税理士法人昴 所長・税理士 山根和彦

医業に特化した税務・経営支援。医療法人の設立・節税・事業承継・相続対策を多数支援。

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※ 本記事の数値・税率・制度内容は2026年6月時点の情報です。認定医療法人制度の認定期限・要件や税制は改正により変更となる場合があります。最新の告示・通達・厚生労働省の手引き・大綱をご確認ください。個別の状況により取扱いは異なります。実際のご検討にあたっては税理士・所管庁にご相談ください。