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令和8年度診療報酬改定|クリニックの収支と資金繰りへの影響


令和8年度診療報酬改定が2026年6月に施行されました。
報道された「プラス3.09%」という数字だけを見ると増収を期待しがちですが、クリニックの手残りがその割合で増えるわけではありません。
改定率の中身を分解すると、診療所に配分された「自由に使える増収」がごくわずかであることが見えてきます。

数字の読み方を整理します。

この記事でわかること

  • プラス3.09%という改定率の内訳と、医科診療所への実際の配分
  • 賃上げ財源として措置された増収を、利益と考えてはいけない理由
  • 増収が手残りに変わるまでに何が差し引かれるか

令和8年度診療報酬改定は、クリニックにとって何の改定か

令和8年度診療報酬改定の内容は、令和7年12月24日の予算大臣折衝で決定されました。
厚生労働省が公表した「診療報酬改定について」には、次のように示されています。

診療報酬 プラス3.09%(令和8年度および令和9年度の2年度平均。令和8年度 プラス2.41%、令和9年度 プラス3.77%)/令和8年6月施行

まず押さえるべきは、3.09%が2年度の平均値であるという点です。令和8年度分としては2.41%となります。

さらに、この改定率は用途別に区分されています。

区分 2年度平均 令和8年度
賃上げ分 +1.70% +1.23%
物価対応分 +0.76% +0.55%
食費・光熱水費分 +0.09%
緊急対応分 +0.44%
効率化による減 ▲0.15%
上記を除く改定分 +0.25%

そして重要なのが、物価対応分と緊急対応分の施設類型ごとの配分です。

施設類型 物価対応分 緊急対応分
病院 +0.49% +0.40%
医科診療所 +0.10% +0.02%
歯科診療所 +0.02% +0.01%
保険薬局 +0.01% +0.01%

医科診療所に配分された物価対応分は0.10%、緊急対応分は0.02%です。
病院と比べて一桁違います。上記を除く改定分(各科改定率)は医科でプラス0.28%とされています。

なお、薬価はマイナス0.86%、材料価格はマイナス0.01%、合計マイナス0.87%です(薬価は令和8年4月施行、材料価格は令和8年6月施行)。
院内処方や在庫を持つ診療科では、この引下げも収支に効いてきます。

つまりクリニックにとっての令和8年度診療報酬改定は、「賃上げに使うことを前提とした財源が入る改定」であり、経営の裁量で使える増収は限定的だと理解しておくのが実態に近い、ということになります。

※ 改定率および配分は令和7年12月24日の大臣折衝事項に基づく2026年8月時点の情報です。個別の点数・施設基準は厚生労働省の告示・通知をご確認ください。

賃上げ分の増収を利益と考えてはいけない理由

賃上げ分プラス1.70%について、大臣折衝事項は次のように述べています。

医療現場での生産性向上の取組と併せ、令和8年度及び令和9年度において、それぞれ+3.2%分のベースアップ実現を支援するための措置(看護補助者及び事務職員についてはそれぞれ5.7%)を講じ、施設類型ごとの職員の規模や構成に応じた配分となるよう措置する。

ここで示されているのは「増収を渡すので賃上げしてください」という構造です。増えた収入は、原則として職員の給与へ回ることが前提になっています。

そして、給与を上げると連動して増えるものがあります。

社会保険料の事業主負担

健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料・労災保険料の事業主負担は、給与総額に比例して増えます。
事業主負担率はおおむね15%前後で推移していますが、料率は毎年見直されるため、その年度の料率でご確認ください。
給与を100万円増やせば、法定福利費も十数万円増えるという関係です。

賞与・退職金への波及

基本給を引き上げると、賞与の算定基礎、残業単価、退職金規程によっては退職金の算定基礎にも波及します。ベースアップは単年度の費用増ではなく、将来にわたる固定費の増加である点に注意が必要です。

 

賃上げ促進税制との関係で押さえること

給与を引き上げた場合、賃上げ促進税制の適用を検討する余地があります。
国税庁タックスアンサー「No.5927-2」によれば、中小企業者等における賃上げ促進税制は、青色申告書を提出する中小企業者等を対象に、平成30年4月1日から令和9年3月31日までの間に開始する各事業年度において適用できるとされています。

制度の骨格は、雇用者給与等支給額が前年度から1.5%以上増加した場合に、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を法人税額から控除するというものです。
増加率2.5%以上、教育訓練費の増加、くるみん認定等の取得といった上乗せ要件を満たすと控除率が加算されます。
また、税額控除限度額が調整前法人税額の20%を超える場合、超過額を5年間繰り越すことができます。

医業でこの制度を検討する際に、確認しておきたい点が2つあります。

1. 自院が「中小企業者等」に該当するか

中小企業者は、資本金の額もしくは出資金の額が1億円以下の法人のほか、資本もしくは出資を有しない法人のうち常時使用する従業員の数が1,000人以下の法人とされています(租税特別措置法施行令第27条の4第17項)。
医療法人には資本金がないため、後者の従業員数の基準で判定することになります。
診療所規模の医療法人であれば、通常はこの基準を満たします。

2. 控除の前提となる法人税額があるか

税額控除は、納める税金があって初めて意味を持ちます。
赤字であれば控除する税額がありません。繰越控除の制度はありますが、繰り越した先の年度に法人税額が出ていなければ、やはり使えないままです。

なお、いわゆる四段階税制(社会保険診療報酬の所得計算の特例)については、根拠条文を取り違えやすいので整理しておきます。
個人開業医は租税特別措置法第26条、医療法人は同法第67条が根拠です。第67条は、その事業年度の社会保険診療につき支払を受けるべき金額が5,000万円以下であり、かつ総収入金額が7,000万円以下である場合に適用されるものであり、対象となる医療法人は限られます。
年間の医業収入が7,000万円を超える規模であれば、この特例の対象にはなりません。

「賃上げすれば税金が減る」という単純な話ではなく、自院の課税所得の状況とセットで検討する必要があります。
適用可否の判断は、決算のタイミングで税理士とご確認ください。

※ 税制の要件・控除率は2026年8月時点の情報です。適用にあたっては最新の法令・告示をご確認ください。

ケーススタディ:外来中心クリニックの年間シミュレーション

モデルケース:内科クリニックD(医療法人・常勤医1名・職員6名・年間医業収入9,000万円)

以下は増収と費用の関係を示すための単純化した試算です。
実際の増収額は診療科・患者層・算定する加算によって大きく変わります。

ステップ1|増収の見込み

令和8年度分の改定率2.41%がそのまま自院の収入に反映されたと仮定すると、増収は年間およそ217万円です。
ただし施行が令和8年6月であるため、初年度(4月〜3月の事業年度)は10か月分で約181万円となります。

ステップ2|賃上げに回す額

改定率の内訳のうち賃上げ分は令和8年度で1.23%。増収のおよそ半分がこの区分です。
9,000万円 × 1.23% ≒ 111万円(10か月分で約92万円)が、賃上げに充てることを想定した財源にあたります。

ステップ3|法定福利費の増加

職員給与を年間92万円引き上げると、社会保険料の事業主負担がおおむね14万円前後増えます(料率は年度により変動します)。
賃上げに充てられる財源92万円に対し、実際の人件費増は106万円程度になり、財源を超えます。

ステップ4|残った増収の行方

増収181万円から人件費増106万円を差し引くと、残りは約75万円です。
ここからさらに、物価上昇による水道光熱費・委託費・医療材料費の増加が引かれます。
仮にそれらが年40万円増えていれば、残りは約35万円。
法人税等の実効税率をおよそ33%とすると、税引後に残るのは20万円台にとどまります。

この試算が示すこと

9,000万円規模のクリニックで、改定による手残りの増加は年20万円台という水準です。
「プラス3.09%」という見出しの数字と、実際に自由に使えるお金との間には、これだけの距離があります。

だからこそ、改定への対応は「増収をどう使うか」ではなく、「賃上げをどこまで、どの職種に配分するか」「算定できる加算を取りこぼしていないか」という設計の問題になります。
ベースアップ評価料などの届出が漏れていれば、上記の財源すら入ってきません。

なお、この構造は医療法人化を検討する際にも同じ形で現れます。
収入が増えても手元に残らない仕組みについては「医療法人成り後にお金が残らない理由」もあわせてご覧ください。

よくある質問

Q1. 改定率がプラスなのに、なぜ経営が楽になった実感がないのですか。

A. 改定率の大部分が賃上げ財源として区分されており、増収がそのまま利益になる設計ではないためです。
加えて、医科診療所への物価対応分の配分は0.10%、緊急対応分は0.02%と、病院への配分(それぞれ0.49%、0.40%)と比べて小さく設定されています。
人件費と物価の上昇分を賄うと、手元に残る額は限られます。

Q2. 賃上げをしなければ、増収分はそのまま利益になりますか。

A. 制度上、増収の使途が法的に拘束されているわけではありませんが、ベースアップ評価料のように賃上げの実施を算定要件とする項目については、要件を満たさなければ算定できません。
また賃上げの実効性を確保する取組が併せて講じられるとされており、今後の関係調査で実績が検証されることになっています。
要件と実績報告の内容は、厚生労働省の通知でご確認ください。

Q3. 令和9年度にはさらに改定率が上がると考えてよいですか。

A. 大臣折衝事項では令和9年度分をプラス3.77%としていますが、同時に「実際の経済・物価の動向が令和8年度診療報酬改定時の見通しから大きく変動し、医療機関等の経営状況に支障が生じた場合には、令和9年度予算編成において加減算を含め更なる必要な調整を行う」とされています。
確定した数字として資金計画に織り込むのは避け、幅を持たせた見通しを立てることをおすすめします。

まとめ

令和8年度診療報酬改定とクリニック経営について、押さえるべき点を整理します。

  • プラス3.09%は令和8年度・令和9年度の2年度平均であり、令和8年度分はプラス2.41%(令和8年6月施行)
  • 改定率の中心は賃上げ分(2年度平均でプラス1.70%)であり、増収は職員給与へ回ることが前提の財源
  • 医科診療所への物価対応分は0.10%、緊急対応分は0.02%と、病院と比べて配分が小さい
  • 給与を上げると法定福利費が連動して増え、賞与・退職金の算定基礎にも波及するため、単年度の費用増では終わらない
  • 賃上げ促進税制は検討に値するが、控除できる法人税額があることが前提。四段階税制(個人は租税特別措置法第26条、医療法人は同法第67条)の適用有無と併せて判断する

次のアクション:まず、令和8年6月以降のレセプトで、算定できるはずの加算に取りこぼしがないかをご確認ください。
とくにベースアップ評価料などの届出制の項目は、届出をしなければ算定できません。
そのうえで、賃上げの配分方針を職種別に決め、法定福利費の増加分まで含めた年間の人件費計画を立ててください。
税額控除の適用可否は、決算の見通しが立つ段階で税理士にご相談ください。

個別のご相談は 税理士法人昴へのお問い合わせ まで。


この記事の監修

税理士法人昴 所長・税理士 山根和彦

医業に特化した税務・経営支援。医療法人の設立・節税・事業承継・相続対策を多数支援。

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参考文献・一次情報源

※ 本記事の内容は2026年8月時点の法令・情報に基づいています。個別の状況により異なりますので、詳しくは税理士にご相談ください。